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ぼーっとするとすぐ考えてしまう。

2012/02/17 23:32
個性を許容することにどれだけ寛大であるべきか。

価値観を同じくする人と人ならばそこには「ルール」はいらないだろう。
しかし価値観を異にする人と人との間には「ルール」が必要で、
それを守らないとそりゃあ価値観が違う人同士なのだから、
うまく付き合っていけないわけだ。

けど、
その「ルール」とやらは口約束するものであったり
確認しあったりするべきものなのだろうか。
色んなレベルはあるとは思うけど、
それは違うだろうと思う。
大人だから。
それは付き合いの中で感じとるものだろう。
だって、言葉にしたらお互い良い気はしないでしょう。

嫌われたくない。うまく付き合いたい。
そう思う。
だって、自分自身の個性を全開にして、
「人は人、自分は自分」みたいな感じで一人で生きていける程、強くないから。
というかどちらかというと、どんな人達と接しても
「この人達に良く思われるにはどうしたらいいんだろう」
と無意識に考えているくらいには弱い人間だから。
それにそれに、一人なんかよりずっと楽しいから。

となると、
自然に自分側の領域を相手に譲歩するようになる。
それでうまくいけば、相手はきっとそれで上手くいっていると思う。
それでうまくいけば、それは素敵なことだと思う。

しかし、そのときにどこまでの譲歩を自分は許すべきなのかということ。
というより、許容できるのかということ。
それはつまり相手の個性をどこまで許容するべきなのかということ。


異なる価値観を持つ人と人が共存するということ、それが社会だ。
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セカイを知った

2012/02/09 01:27
2月は色々あった。正確にいうと1月31日から。
相当悩んだが、やっぱりこれは文字にしておこうと思う。
だって人生で初めて一週間に3回も泣いたんだから。

7年ぶりに泣いた。

まずは同期の前で泣いた。
あれは悔し涙だった。
正しいと自分が思うことを仲間に伝えること、
それをいつしか諦めてしまったことに対する悔し涙だった。

次は先生の前で泣いた。
あれは心の奥底から申し訳ないと思ったから出て来た涙だった。
僕らは先生の顔、研究室の先輩後輩の顔に泥を塗った。
先生はそんなことは気にしてないと言ってくれたけど、
これはまぎれもない事実。
佐々木研の良い歴史を僕らは変えた。
それに対して心底申し訳ないと思ったから涙がでてきた。

最後は一人で泣いた。
あれは何の涙かよくわからない。
一番信頼していた仲間が最後の最後でよくわからなくなってしまったから?
そうではないんだと思う。
これまでもそんなこと何度もあったじゃないか。
でも、それを通り越して僕はみんなが好きだったんじゃないか。
心からバカやれるみんなが好きだったんじゃないか。
だからあいつらのせいじゃないんだと思う。
もっと大きななんか黒い色した絶望感みたいのが
突然僕を包んで来て、恐かったから泣いたんだと思う。
恐かったからあんなメールをしてしまったんだと思う。

その黒いやつは、
「自分が人間関係で悩む日が来るなんて思ってなかった。」
「自分が絶望感みたいのに襲われることなんて一生ないと思ってた。」
「自分がこんなに弱気になる日がくるなんて思ってなかった。」
って僕をじわじわと追い込んで来て、
「社会って素敵なもんだと思ってた。」
「社会のために働くって素敵なことだと思ってた。」
「結局最後は人と人との信頼関係で人は生きてると思ってた。」
って僕の未来を閉ざそうとした。

本当に恐かった。
心臓がバクバクいって意識が朦朧としてきて、
このまま死んじゃうんじゃないかと思った。

現実のセカイはそんなキレイゴトだけでできているわけじゃないんだ。
もっと人間て欲深くて弱くて流されちゃってどうしようもないんだ。
社会ってそうやって回ってるんだ。

ならば社会なんてクソくらえ。
だれがそんなくだらないもののために人生捧げるか。

本当に、本当に僕は僕の周りの大切な人と自分のために生きるんだ。
電話越しの一声で黒いやつを振り払ってくれる人のために生きるんだ。
2日経って最後の涙の意味がやっとわかったよ。

ちょっと臭すぎるけど、これがやっとちゃんと考えることができたことなんだ。

悔しい

2012/01/22 03:59
悔しい

悔しい。悔しい。


悔しいぞコノヤロ

ここらでちょっと

2011/11/30 14:08
われわれM2は問題児の集まりで、本当に皆さんに
数々のご迷惑をかけ、武勇伝を作って参りました。

でも、ウルトラ問題児の集まりだからこその
なんかそのエネルギーみたいなのは確かにあって、
それが、4年生の時に研究室を決めたときの僕の根拠だったりもする。


夜中に研究室で議論する。
研究について、これから働くことについて、これからの地方について、それから風景について。
みんなが思い思いに色んな活動をしてきたから、
すげえおもしろい話になるんだ。


追分んときの飲み会で、M2大丈夫か?ってせんせいに
聞かれたとき、酔っぱらってたせいもあってとっさに

『最後は全員でガツンときめるんで見てて下さい』

ってゆった。
あんな追分発表の後だったけど、
なんか全員でやれるって自信があった。

気づいたらもうあと2ヶ月。
最後はでっかい爪痕を残して卒業しようぜ。





8月31日のゼミで先生に話したこと。

2011/11/13 01:06
 生活景の定義は、「住民の生活が色濃く滲み出た景観」としてきた。そして景観ならば、それは操作的景観論にのっとり美的評価軸にもとづいて保護行為を含めた操作が行える対象である。しかし、生活景は住民の暮らしの結果であるため、単に美しいか美しくないかといった判断で操作を行える対象ではない。だから、従来の景観論では説明できない現象で、あいまいでよくわからないと述べてきた。
 しかし、生活景の提唱者である某G先生の景観・風景の定義とこれまでみてきた土木の分野での景観・風景の定義の違いから、G先生のいう生活景を操作的景観論で捉えようとすること自体が誤りであると理解した。G先生の定義する景観は、「景観=地域+風景」である。ここでは風景は可視的形象と捉えられており、可視的形象を生むに至った背景にある地域単元の風土的、歴史的、社会的文脈をも合わせた統合的な概念を景観としている。つまり風景は景観の視覚的一側面と捉えられている。一方、土木工学の分野では、景観が風景の一側面として考えられており、そもそも枠組みが異なり操作的景観論で説明できないのは当然である。
 さらに生活景の魅力を語る上で「なんとなく良い」や「雰囲気が良い」といった評価言語が用いられるが、それはまさに風景の風合いの魅力について述べているのではないだろうか。つまり「生活景」を「生活景観」ではなく、「生活風景」としてとらえれば、風景の風合い、棲みごこちの魅力ついて分析的に解明した研究がないことから、生活景の魅力が漠然としているといった課題は風景全体の課題であり、生活景特有の課題ではないと考える。
 
 また、生活景は以下のようなストーリーが想定された概念であると考えられる。
 人々の日常生活行為の記憶からオーラルヒストリーによって、住民の生活の記憶が宿った景観、すなわち生活景を市民とともに再発見し、まちづくりのきかっけとして用い、さらにその成果を生活景として表現する。その取り組みは「生活景」とまちづくりの相互依存の関係を市民にわかりやすく理解させるとともに、地域アイデンティティの醸成につながり、コミュニティーが育まれ、市民自治のまちづくりへとつながっていく。
 その評価も間主観的評価に委ねられており、生活景は市民自治のプロセスを生むためのきっかけであり、そこに客観的価値や普遍的価値は想定されていない。特殊解で良い。「生活景がまちづくりの中でどのような位置づけにあるのか」「生活景のまちづくり上の意義」といった普遍的な答えを求めようとすること自体誤解であり、また、それらを明らかにするには、上記のプロセスを踏んだ結果、成果を出した複数の地域を対象に検証するような研究をするべきである。
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